ねこぶんがく

文芸好きが本や映画の話をするブログ。

『群像』2021年2月号 注目作品ランキング

 

 今年の読書目標の一つとして、「文芸誌を毎月読む」というのを掲げました。文芸誌には最新の文芸作品が掲載されることから、文芸界のトレンドをいち早く知れること、新しい作家・作品を知るきっかけになること、各文芸誌の特色を掴めること、などがその理由です。

 本当は全文芸誌を制覇したいところですが、そうするとせっかく気になる作家を見つけても、その作家の本を読む時間がなくなってしまうので、とりあえずのところ『群像』と『文學界』を毎月読んでいこうと思います。

 この記事では、『群像』2月号の中で、私が個人的に気になる作品をランキング形式で紹介します。今月は文芸作品の中から3作品をピックアップしました。

 

 

1位 田中兆子『地球より重くない』

 これめっっっっっっっっっっちゃ良かった!!!! 「っ」をこれだけつけたくなるくらい良かった!!!!

 通夜の夜に亡き夫の仕事部屋を訪れた環さんは謎の箱を見つける。箱の中には本のページを切り取った紙が何枚も入っていた。文章から本のタイトルを推理していくうちに、環さんは楽しくなってくる。夫は自分が死んだ後も環さんが泣かないで済むように、小泉八雲の逸話*を真似て、環さん専用のカルタを遺してくれたのだった。

 この作品の上手いところは、ラスト数行での見事なまでの伏線回収だと思います。前半部分では夫の死生観が語られるのですが、芥川龍之介をよく読んでいたという彼は、自殺は悪ではない、命は別に偉大なものではないと、なかなか斜に構えた考え方をしています。妻の環さんにも、自分が死んでもしおらしく泣くような真似はするなと幾度も忠告していました。

 これに関して、環さんの心情はほとんど描かれません。ただその言動から、大人しい女性だな、過去に何かあったのかな、ということが推測されるだけです。

 ところが最後の数行で、環さんの過去と、夫の今までの言動がすべてつながるのです。

 実は環さんの家族は過去に自殺をしていたこと。父親の暴力と母親の病気が子どもに遺伝するのが怖くて、夫との間には子を作らなかったこと。そして夫の今までの言動はたぶん、環さんの家族に関する不安感や孤独感を慰めようとしてくれていたのだろうということ。葬式で泣くなと言ったのは、環さんに笑っていてほしかったから。そうしたことが唐突に、不器用に、そっと包みこむような優しさで読者の前に展開されてくる。この作品の最初から最後まで貫いているのは、夫の優しさだけだったのです。それに気づいたとき、なんて優しい物語なのだろうと、自然と涙がこみ上げてきました。

 言ってみれば、最強のギャップ萌えですよね。あんな皮肉の裏で、あんな高踏的な態度の裏で、この人は環さんのことが死ぬほど大好きだったんだなって。タイトルの『地球より重くない』は命の重さのことですが、これさえも逆説的に、命は地球と比べるほどの重さがあるものだと読めます。ああ、いいなあ。素敵な人、素敵な物語だなあ。

 

 

2位 沼田真佑『遡』

 この文体、いいですねえ~。「くせ者」とでも言いたくなるような文体に引き込まれました。言葉の使い方が絶妙にずれている、というのでしょうか。こういう時にはこの表現を使うだろう、というところから2,3歩ずれたところにある言葉を選んで持ってきている感じ。そこに自分と作者の感覚との隔たりが見られて面白かったです。この人の世界観をもっと知りたくなりました。

 

 

3位 長嶋有『願いのコリブリ』 

 センター試験の現代文に出てきそう(センター試験ってもう古い?)。作中で交わされるやり取りから今までにない考え方を得られたので選びました。

 愛用の自転車の盗まれた「私」は、次に購入する自転車を物色するのですが、なかなかしっくりとくるものを見つけられません。「私」が「センスが衰えたか」と自嘲するのに対し、夫は「衰えたっていうか、満ちたんじゃない?」と返します。

 「センスが満ちる」って面白い表現ですよね。夫の話をまとめると、今までにもう好きなものと出会い尽くしてきたから、今さら新しいものを発見する必要がなくなった状態のこと、かな。

 私はよく昔を思い返して「あの頃は今よりもっと感受性が高かった、年々感性が死んでいく気がする」という話をするのですが、もしかしたら私の場合も、ある部分の感性はすでに満ちてしまっていて、今さら琴線を震わす必要がなくなっただけかもしれません。……ポジティブすぎるでしょうか。。

 

 

群像 2021年 02 月号 [雑誌]

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  • 発売日: 2021/01/07
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 ↑このデザインいいよね。